このサイトで何度も訴えていることではありますが、最初からセックスレスの話し合いをすると無駄どころか逆効果になることが多いです。
しかし、やれるだけのことをやっても解決しない場合には意を決して話をしなければならないタイミングがやってきます。
また、セックスレスでないのであれば、より満足度を高めたり、性的問題を解決するために、オープンなコミュニケーションを取ったほうが良いこともあります。
どんな状況であれ、セックスの話をするときは慎重になる必要があります。
話をしたことが原因で性的満足度が低下したり、夫婦関係が悪化することがあるのです。
関係を悪化させる「要求-撤退パターン」のコミュニケーション
様々な心理学の研究から関係を悪化させることが判明しているコミュニケーションのパターンがあります。
それは「要求-撤退(Demand-withdrawal)パターン」と言われるものです。
「要求-撤退パターン」とは一方のパートナーが問題について話し合いたいと強く求めているのに対し、もう一方のパートナーが話を避けたり、沈黙したりするコミュニケーションのパターンを指します。
特に夫婦や恋人間で対立が生じた際に頻繁に見られるものです。
例えば、妻が「お金の使い方について一度きちんと話し合いたい」と切り出したとします。
それに対して夫が「今さら何を言ってるの?」「またお金の話?」と面倒くさそうな態度をとったり、「あとで話そう」と言いながら話題を避け続けたりする場合、これが「要求-撤退パターン」に該当します。
この例では妻が要求側、夫が撤退側となります。
このパターンが続くと、要求する側は「話を聞いてもらえない」と感じて不満を募らせ、撤退する側は「プレッシャーが鬱陶しい」と感じてさらに逃げたくなるという悪循環に陥ります。
「要求-撤退パターン」でセックスの話をする悪影響
セックスの話をするときも、この「要求-撤退パターン」をしてしまうと、夫婦関係に悪影響を及ぼすことになります。
ダルハウジー大学のナタリー・ローゼン教授が151組のカップル(平均年齢31.9歳)を対象に行った実験があります。
この実験ではまず、関係満足度、性的満足度、性的苦痛について専用の質問票によるアンケートに回答してもらいました。
それからカップルで実験室に来てもらい、そこでセックスについての話し合いをしてもらいました。
そしてその様子を撮影し、後から専門家がそのコミュニケーションスタイルを分析しました。
分析の結果、「要求-撤退パターン」の会話をしているカップルは、関係満足度と性的満足度が低く、性的苦痛が高いことが明らかになりました。
関係満足度については12ヵ月後も低いままでした。
この結果に性別の違いは見られず、男性も女性も「要求-撤退パターン」でセックスの話をすることがネガティブな影響に繋がることが示されました。
なぜ夫婦関係が悪化するのか?
セックスの話をするときに「要求-撤退パターン」になってしまうとなぜ夫婦関係や性的満足度が悪化するのでしょうか?
それには次のような理由があります。
【理由1】セックスの話はネガティブになりやすい
セックスの問題は他の問題よりも感情的な負担を伴うことが多く、不安や羞恥心、怒りなどのネガティブな感情を引き起こしやすいとされています。
こうした状況で、一方のパートナーが問題を解決しようと積極的に話し合いを求め、もう一方が撤退すると、感情的なニーズが満たされないまま悪循環が生まれます。
要求する側は対話を拒否されることでフラストレーションを感じ、さらに強く要求するようになります。
それに対し撤退する側は圧倒され、ますます防衛的になってしまいます。
このようなパターンが続くと、問題解決が困難になるだけでなく、関係全体への不満が蓄積し、満足度が低下してしまうのです。
【理由2】性的満足度はコミュニケーションの質と相関
性的満足度はパートナー間のコミュニケーションの質と相関していることが様々な研究から判明しています。
お互いの性的欲求や好みを自由に表現できることが重要なのです。
しかし、「要求-撤退パターン」が頻繁に生じるカップルではこうしたコミュニケーションができません。
その結果として性的なニーズが満たされず、不満が蓄積しやすくなるのです。
【理由3】自己肯定感の低下&罪悪感の高まり
「要求-撤退パターン」が見られるカップルでは要求する側が、セックスを拒否されたり、性的な話題を避けられたりすることで、自己肯定感が低下しやすくなります。
一方、回避する側も、要求されることに応えられないプレッシャーや罪悪感を感じることがあります。
実はこうした自己肯定感の低下や罪悪感の高まりは性的苦痛に結びつきやすいことが分かっています。
また、ストレスや不安による心理的負担はセックスそのもの質を低下させるだけでなく、関係全体にも悪影響を及ぼすこともあります。
関係を冷やさずに話し合うためのコツ
ではどうすればセックスについて上手に話し合い、関係を悪化させずに済むのでしょうか?
研究の結果をもとに、以下のポイントを意識してみてください。
1. 責めるような言い方を避ける
「どうして〇〇してくれないの?」という問いかけは相手にプレッシャーを与え、撤退を促す可能性があります。
特に「前はしてくれたのに、最近は全然してくれない」といった比較を含む発言は相手の防衛反応を引き出しやすくなります。
そうならないよう、「私はこう感じている」と、自分の気持ちを主語にする「Iメッセージ」を使いましょう。
例えば、「最近、私は〇〇について少し寂しく感じているんだけど…」といった形にすると、相手にとっても話しやすい雰囲気を作れます。
2. 話し合うタイミングを選ぶ
タイミングを間違えると、どんなに良い内容でも相手が聞く耳を持ってくれないことがあります。
相手が仕事で疲れているときやストレスを抱えているときに複雑な話題を持ち出すと、「またこの話か」と感じさせてしまい、撤退の反応を引き出してしまう可能性があります。
逆に、リラックスしているときや、二人の雰囲気が良いときに話すと、前向きな話し合いになりやすくなります。
食後の落ち着いた時間や、一緒にお風呂に入っているとき、あるいは休日のゆったりした時間など、日常の中で自然に会話ができる瞬間を見つけましょう。
3. 「小さなことから」話し合う習慣をつける
セックスについての話し合いが苦手な夫婦は多いですから、いきなり深刻な話題に触れると相手も身構えてしまいます。
そのため、唐突に「最近のセックスに不満がある」と切り出すのではなく、日常の中でセックスに関連しそうな会話を少しずつ増やしていくことが大切です。
例えば、「この前のデート、楽しかったね」「最近、あなたとハグする時間が増えて嬉しい」といった軽めの内容から始めることで、お互いにリラックスして話せる雰囲気を作ることができます。
こうした小さな積み重ねが、いざ本当に大事な話をするときに、お互いが素直に意見を伝えやすくする下地を作ってくれるのです。
セックスの話は「問題解決」のためだけのものではない
セックスについて話し合うことは関係を良好に保つうえで重要なことですが、話し方を間違えると逆効果になりかねません。
特に、「要求-撤退パターン」に陥ると、関係満足度や性的満足度が低下し、長期的に関係が悪化してしまいます。
大切なのは「相手を責めない」「リラックスした状態で話す」「日常的にポジティブな会話を増やす」というポイントを押さえることです。
くれぐれも「セックスについて話すこと」そのものをプレッシャーにしないようにしてください。
セックスに関する会話は必ずしも「問題解決」だけを目的にする必要はありません。
研究によると、ポジティブな話をするカップルは性的満足度を高く維持しやすいことが示唆されています。
「この前のスキンシップがすごくよかった」「あなたと一緒にいると安心する」など、肯定的な感情を言葉にすることも、性的な絆を深める一助となるのです。
上手なコミュニケーションを心がけ、より良いセックスライフを築いていきましょう。
参考文献:Rosen, N. O., Dube, J. P., Bosisio, M., & Bergeron, S. (2024). Do Demand-Withdrawal Communication Patterns During Sexual Conflict Predict Couples’ Relationship Satisfaction, Sexual Satisfaction, and Sexual Distress? An Observational and Prospective Study.