非モテとされる男性のコミュニティにおいて「ブラックピルを飲む」というスラングが使われることがあります。
この意味を一言でいうなら、「モテないのは変えようのない運命なので努力しても無駄」という価値観を受け入れるということです。
勝手にそう思ってれば?という感じかもしれませんが、このような思想を社会が放置するのは危険です。
海外では銃乱射事件につながっていますし、日本でも既に犯罪が起こっています。
ブラックピルを飲む「インセル」とはどんな人たちか?
ブラックピルの説明の前に、それを飲む「インセル」と呼ばれる人たちについて簡単に説明しておきましょう。
「インセル(Incel)」とは自分が望んでいるにもかかわらず、結婚や恋愛、性的関係を築くことができない人のこです。
「Involuntary Celibate」の略で日本語にするなら「非自発的な独身者」といったところです。日本のネットスラングでは非モテが近いかもしれません。
インセルという言葉に男女の区別はありませんが、一般的に男性を指すことが多いです。
インセル男性は非モテ状態を拗らせてしまったがゆえに、次のような思い込みを持つとされています。
- 孤独感と疎外感:他者との恋愛や性的関係が持てない状況から生まれる強い孤独感
- 劣等感:容姿や社会的地位への不満が自己評価の低下につながる
- 嫉妬心:恋愛や性的関係を持つ他者への強い嫉妬
- 女性への敵意:自分を拒絶する存在として女性を憎む傾向。ミソジニーなど
- 社会への不満:見た目や地位が重要視される社会を批判する
- 無力感:状況を変える力がないと感じる悲観主義
- 自己嫌悪:自分自身を否定し、価値がないと思い込む
- 理想化と現実のギャップ:高い恋愛期待が現実と乖離し、絶望感を生む
- 共鳴の欲求:同じ境遇の人々と感情を共有しようとする
- 攻撃性:不満が社会や個人への攻撃的な態度に変化することもある
レッドピルとは
インセルは『Reddit』などのネット掲示板でコミュニティを形成し、その中で彼らだけの「真実」に目覚めました。
それがレッドピルです。由来は映画『マトリックス』に出てくる真実を知るための薬(Red pill)です。
インセルたちの言うレッドピルとは男女関係や社会構造に対する「真実の目覚め」を象徴する概念です。
具体的には次のような考え方のことです。
- 男女の行動や選択は進化的な適応によって決まる
- 女性はルックスや地位、収入を重視して男性を選ぶ
- フェミニズムのせいで男性は不当に弱体化され、女性が優遇されている
- 男性はモテる「アルファ」とモテない「ベータ」に分類できる
- 努力してアルファになることが大事
このような価値観を受け入れることを「レッドピルを飲む」と表現するのです。
☑︎フェラーリに乗っている女性を批判する男性はペニスの小ささにコンプレックスを抱えている
ブラックピルとは
さきほどのレッドピルの概念は、「弱者男性のままではモテないから努力して自分を変えなければならない」と行動を促す内容が含まれています。
しかし、努力したからといって、必ずしも恋人ができたり、セックスできるようになるわけではありません。
努力を続けても希望が叶わないと、やがて学習性無力感によって「何をしても無駄」という気持ちが芽生えてきます。
実際にそうなってしまったインセルたちもいます。そのようなインセルたちは新たな真実に目覚めました。
それがブラックピルです。
ブラックピルは、レッドピルと関連しつつも、より極端で悲観的な次のような思想を指します。
- 女性は生物学的に選好する:女性は本能的に「遺伝的に優れた男性」に惹かれるため多くの男性が除外される
- 女性の選択基準は固定化されている:女性が男性を選ぶ際の基準は、文化や環境の影響ではなく、進化によって固定化されている
- 恋愛市場は独占市場:恋愛や結婚市場では少数の男性(アルファ)が多くの女性を独占しその他の男性は排除される
- 社会は男性にとって不公平:現代社会の構造や価値観は平均的な男性を抑圧し、より魅力的な男性が有利な仕組みである
- 努力は無意味:自己の努力では非モテを改善することは不可能
- 希望の喪失を受け入れるべき:社会や他人に期待せず、自分の運命を受け入れることが精神的な平穏をもたらすと考える
ブラックピルをレッドピルと比べたときの一番の違いは何かといえば、行動の改善や努力を推奨しないということです。
むしろ「すべては運命であり、自分の能力では変えられない」という無力感を中心に据えています。
そしてこのような価値観を受け入れることを「ブラックピルを飲む」と表現するのです。
ブラックピルを飲むことの危険性
ブラックピルの思想を持つことが深刻な悪影響を及ぼすことがあります。
まず、この思想は自己改善や希望を否定するため、信奉者に強い無力感や絶望感を与えます。
その結果、精神的な健康状態が悪化し、うつ病や不安障害、希死念慮などのなどの精神的な問題を引き起こすリスクが高まります。
また、ブラックピルを信じることで社会や他者への不信感が深まり、社会的なつながりを築く意欲を失ってしまうこともあります。
「幸せそうな女性を狙った」という犯罪者
ブラックピル思想に浸ることで、他者への攻撃的な行動や、極端な思想に引き込まれるリスクもあります。
一部のインセルコミュニティでは、自己や他者への暴力的な行動を正当化する考え方が広がり、それが犯罪行為へとつながることもあります。
実際に海外ではモテないことに絶望したインセルが銃乱射事件を起こしたりもしています。
また日本においても、包丁で複数人を襲った犯人の男が「幸せそうな女性を狙った」と供述しましたが、その他の供述を見ても、根底にブラックピルの思想があると言えるでしょう。
大量殺人を行ったインセルがネット上のコミュニティ内で英雄視され、「インセレブリティ(Incelebrities)」として崇拝されることもあります。
ケント大学のケイトリン・レガー博士の調査によれば、このように過去の事件が称賛されることで、インセルの新たな暴力行為が促進される可能性も示唆されています。
ブラックピルは一種の洗脳である
当然ですがブラックピルの思想は誤ったものです。
特に、外見や生物学的要因を過度に重視し、人間関係や社会的成功には性格や努力、環境要因も大きく関与するという研究結果を軽視しています。
さらに、恋愛や社会的成功の基準を単純化しすぎるため、人間関係の多様性や複雑さを無視しているという問題もあります。
とはいえ、インセルコミュニティに浸かることで一種の洗脳状態に陥りますから、その科学的根拠の脆弱性に気づけなくなってしまう人が多いようです。
自己受容やポジティブな自己改善を行うきっかけを掴めないと変わることは難しそうです。
☑︎男性の自信と早漏。性器のセルフイメージがパフォーマンスに与える影響
参考文献:Regehr, K. (2022). In(cel)doctrination: How technologically facilitated misogyny moves violence off screens and on to streets.