私たちは日々、喜びや悲しみ、怒りといった多様な感情を経験しながら生活しています。
しかし、これらの感情をうまく扱うことは、決して簡単なことではありません。
ときには、自分の気持ちが分からなくなったり、感情に押し流されて行動してしまうこともあります。
このように、感情のコントロールや受け入れがうまくいかない状態は「感情調整の困難さ」と呼ばれ、心身の健康や人間関係に大きな影響を与えることが知られています。
本稿では、この「感情調整の困難さ」とは具体的にどのようなものかを紹介するとともに、それが夫婦関係、特に、近年注目されている「カップル・バーンアウト」とどのように関係しているのかを説明します。
また、本当の自分でいられる感覚(オーセンティシティ)が、どのようにして感情の扱いや夫婦関係に影響を与えるのかも解説します。
「感情調整の困難さ」
感情調整の困難さとは、自分の感情を適切に認識し、受け入れ、コントロールすることがうまくできない状態を指します。
人は日常生活の中でさまざまな感情を経験しますが、それらを上手に調整できないと、人間関係や心身の健康に悪影響を及ぼすことがあります。
この概念は、トレド大学のキム・L・グラッツ教授らによって体系化され、感情調整の困難さは主に以下のような側面から構成されるとされています。
- 感情への気づきの欠如
自分が何を感じているのかを把握することが難しい状態です。たとえば、「なんとなくイライラするけれど、なぜか分からない」といった経験が当てはまります。 - 感情の明確さの欠如
感じている感情があいまいで、混乱している状態です。悲しみ、怒り、不安などが混ざっていて、自分でも整理がつかないことがあります。 - 否定的感情の非受容
怒りや悲しみなどのネガティブな感情を感じたときに、それを否定したり拒否したりしてしまう傾向です。「こんな感情を持ってはいけない」と思い、感情を抑え込もうとすることが含まれます。 - 衝動の制御困難
強い感情を感じたときに、その感情に任せて衝動的な行動を取ってしまうことです。怒りを感じて物に当たってしまうなどが挙げられます。 - 目的的行動の困難
強い感情の中でも、冷静に物事を進めたり、計画的に行動したりすることが困難になる状態です。不安が強くて集中できず、仕事や勉強が手につかないといったケースです。 - 感情調整の戦略の不足
不快な感情を和らげるための具体的な方法を持っていない、または思いつかないことです。気分が落ち込んだときに、気分転換する手段がわからないといったことが該当します。
感情調整の困難さとカップル・バーンアウト
感情調整の困難さと、夫婦関係における疲れや限界の感覚(=カップル・バーンアウト)の関係を調べた、アクデニズ大学のメリケ・コシギット准教授らの研究があります。
カップル・バーンアウトとは、「もう何をしても虚しい」「パートナーといてもしんどい」「会話が減って気持ちが通じ合わない」といった、心がすり減ってしまうような状態に陥ることを意味します。
この研究では結婚している男女602人を対象に、「自分の感情をどれくらいうまく扱えるか」や、「結婚生活でどれくらい疲れを感じているか」を聞き取りました。
これらの回答を分析したところ、感情調整の困難さを抱えている人ほど、結婚生活に疲れを感じやすく、バーンアウトしやすいことがわかりました。
たとえば、「イライラしたときに感情をどうしていいかわからない」「不安な気持ちを抑えきれない」といった悩みを持つ人は、パートナーとのやり取りでもストレスを感じやすく、関係そのものに疲れを感じるのです。そして、「もう無理!」となってしまうのです。
「本当の自分でいられる感覚」がバーンアウトを防ぐ
この研究では、「オーセンティシティ(authenticity)」についても聞き取っていました。これは、「本当の自分でいられる感覚」のことです。
日常生活の中で、パートナーに対して無理をせずに自然体で接することができるか、自分の気持ちや考えを正直に打ち明けられるか、そして自分の価値観や感情を隠さずに関係性を築けているかということです。
研究では、感情の調整が難しいと感じていても、オーセンティシティが高い人は、カップル・バーンアウトしにくいことが分かっています。
たとえ感情をコントロールするのが苦手であっても、パートナーの前で素直になれたり、自分の本心を表現できていれば、心の負担は軽くなり、関係の中での疲れも感じにくくなるのです。
逆に、オーセンティシティが低い人は、感情調整がうまくいかないときに、その影響を大きく受けてしまい、バーンアウトにつながりやすくなるという結果が出ています。
感情の整理ができずに心の中に溜まったものを言えないままでいると、関係の中で孤独を感じたり、自分を理解してもらえていない感覚が強まったりして、精神的な疲弊が増してしまうのです。
「母」「父」になることが、自分らしさを奪う?
さらに興味深いのは、「子どもがいるかどうか」によってこの関係性が変化する点です。
研究によれば、子どもがいる夫婦では、オーセンティシティの低さがバーンアウトの高さに、より強く結びついていたのです。
特に女性にとっては、「良い母であるべき」「家庭を守るべき」という社会的期待が、素直な感情表現を妨げ、自分らしさを抑えることにつながりやすいことが指摘されています。
つまり、子育てをしながら「ちゃんとした妻・母でいなければ」と無理をしすぎることで、夫との関係がどんどん疲れるものになってしまうのです。
不完全さや感情の揺れを素直に共有することが大事
今回の研究が明らかにしているのは、夫婦関係における「疲れ」が、単に性格の不一致や日々の育児・家事といった目に見える負担だけで説明できるものではないという点です。
むしろ、その背景には「感情をどう扱っているか」や「パートナーの前でどれだけ自分らしくいられているか」といった、内面の在り方が大きく関係しているのです。
自分の本音を飲み込んでしまったり、相手に合わせすぎて自分の気持ちを後回しにしたりしていると、たとえ表面上はうまくいっているように見えても、心の中では少しずつ疲労が蓄積し、どこかでバーンアウトしてしまうのです。
もし今、夫婦関係に疲れや違和感を感じているのであれば、まずは自分の感情に目を向けてみることが大切です。
「私は今、何を感じているのか」「本当はどうしたいと思っているのか」と自分に問いかけることで、これまで見過ごしてきた気持ちに気づくことができます。
そして、それを言葉にしてパートナーに伝えることは、決して弱さではありません。むしろ、それこそがお互いの理解を深めていくための真のコミュニケーションなのです。
本当の意味での「夫婦の絆」とは、完璧であることや衝突がないことではなく、不完全さや感情の揺れを素直に共有し合えることです。
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<参考文献>
・Gratz, K. L., & Roemer, L. (2004). Multidimensional assessment of emotion regulation and dysregulation: Development, factor structure, and initial validation of the difficulties in emotion regulation scale.
・Kocyigit, M., Uzun, M. (2024). Emotion regulation and couple burnout in marriage: A moderated moderation model of authenticity, sex of parents and having children.